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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)4958号 判決

原告

古川正夫

ほか一名

被告

東京海上火災保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、各金五〇〇万円及びこれに対する平成三年九月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次の交通事故が発生した。

(一) 発生日時 昭和六三年八月二三日午後一一時二五分ころ

(二) 発生場所 大阪府東大阪市柏田西二丁目六番二二号先交差点(以下「本件交差点」という。)から南へ四二・六五メートルの位置

(三) 加害車 川本洋一こと蔡洋一(以下「蔡」という。)運転の普通乗用自動車(大阪五二ろ三八八〇)

(四) 被害者 亡古川正信(以下「亡正信」という。)

(五) 事故態様 川合巧士(以下「川合」という。)及び蔡が、暴力団事務所に連れて行くと脅迫の上、亡正信を加害者に乗車させて走行中、不安を覚えた亡正信が前記場所において加害車から飛び降りた。

(六) 結果 亡正信は、右飛び降りにより頭部を道路に激突させて脳挫傷及び脳圧迫の傷害を負い、同月三一日午前九時二八分ころ、死亡した。

2  保有者及びその責任の発生

加害車の保有者は川合教三郎であり、右1の事故により、同人には、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく損害賠償責任が発生した。

3  被告の責任原因

被告は、右1の交通事故に先立ち、川合教三郎との間で加害車につき自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結していたので、被害者に対し、自賠法一六条一項に基づき損害賠償額の支払をなすべき義務を負う。

4  損害

(一) 入院治療費用 一四六万〇一八〇円

(二) 逸失利益 三四六〇万八八二七円

亡正信の年収は、四二二万六〇〇〇円であり、死亡時満四一歳であつたから満六七歳まで二六年間(新ホフマン係数一六・三七九)就労可能であつたものとし、生活費控除を五割とすれば、頭書の額となる。

四二二六〇〇〇×〇・五×一六・三七九=三四六〇八八二七

(三) 死亡による慰謝料 一五〇〇万円

5  原告らの相続

原告らは、亡正信の父母であり、亡正信の有する請求権を法定相続分に従い、各二分の一ずつ(二五五三万四五〇三円ずつ)相続した。

6  被告に対する保険金請求

原告らは、平成三年九月二四日、被告に対し、自動車損害賠償責任保険金の支払いを催告した。

7  よつて、原告らは、被告に対し、いずれも自賠法一六条一項による保険金請求権に基づき、右損害額の内金として各五〇〇万円及びこれに対する請求の日の翌日である平成三年九月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の(一)ないし(五)の各事実は認める。同1の(六)のうち、亡正信が当該日時に死亡した事実は認め、その余は知らない。

2  請求原因2のうち、加害車の保有者が川合教三郎である事実は認める。

しかし、亡正信の飛び降りは、川合及び蔡から暴行脅迫を受けたことを原因とする本人の意思によるものであるから、加害車の運行と事故発生との間には相当因果関係がなく、加害車の「運行によつて」損害が発生したものではないから、川合教三郎は、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負わない。

3  請求原因3のうち、被告が、請求原因1の交通事故に先立ち、川合教三郎との間で加害車につき自賠責保険契約を締結していた事実については明らかに争わない。

4  請求原因4の事実は、いずれも知らない。

5  請求原因5の事実は、知らない。

6  請求原因6の事実は、認める。

三  抗弁(自賠法一九条所定の消滅時効)

1  原告らが亡正信の死亡及び加害者の氏名等を知つたのは、遅くとも昭和六三年一〇月中である。そして、右時点では、原告らに本件が自動車のからんだものであり、自賠責保険に請求しうるとの認識があつた。

2  被告は、平成四年一二月一一日の本件第四回口頭弁論期日において、本訴請求権(以下「被害者請求権」という。)の消滅時効(自賠法一九条所定)を援用した。

四  抗弁に対する認否及び原告らの主張

抗弁1の事実は明らかに争わない。

しかし、被害者請求権の消滅時効の起算点は、原告らが運行供用者及びその加入する自賠責保険契約会社を知つた時である。原告らにおいて、運行供用者が川合教三郎であり、自賠責保険契約会社が被告であることを知つたのは平成三年九月であるから、消滅時効は完成していない。

五  再抗弁

1  時効中断

(一) 被害者請求権の消滅時効は原告らが運行供用者を知つた時から起算すべきであるとしても、原告らが運行供用者が川合教三郎であることを知つたのは平成元年一〇月以降であるところ、原告らは、平成三年九月二四日に被告に対して自賠責保険金の支払いを催告した。

(二) 原告らは、平成元年一〇月三〇日、本件の不法行為者である川合及び蔡に対し、損害賠償請求訴訟を提起した。

これにより、本件事故による損害賠償債務について不真正連帯債務の関係にある被告についても消滅時効は中断したものである。

2  権利濫用

本件事故は、交通事故として捜査されず、かつ、加害者である運転手らが損害賠償責任を強く争つていた事案であるから、被告の消滅時効の援用は権利濫用として許されない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1、2の各事実は明らかに争わないが、原告らの主張はいずれも争う。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の(一)から(五)については当事者間に争いがない。

請求原因1の(六)のうち、亡正信が当該日時に死亡した事実は当事者間に争いがなく、飛び降りによる亡正信の受傷の事実及び内容は、甲第二号証により認めることができる(請求原因1の右交通事故を、以下「本件事故」という。)。

2  請求原因2のうち、加害車の保有者が川合教三郎であることについては当事者間に争いがない。

3  そこで、保有者川合教三郎の自賠法三条責任の成否に関し、亡正信の死亡が加害車の「運行によつて」生じた結果であるか否かについて判断する。

自賠法三条にいう「運行によつて」とは、運行と損害の結果との間に相当因果関係があることをいうものと解すべきであるところ、当事者間に争いのない請求原因1の(五)の事実と甲第二号証を総合すれば、本件事故の経緯・態様は大要次のとおりであると認められる。

亡正信は、本件交差点において加害車のクラクションに対し文句を言つたことがきつかけとなつて、川合及び蔡から一方的に頭突き、手拳による殴打等の暴行を受け、暴力団事務所に連れて行くと脅迫された上、加害車後部座席に上体を曲げて押し込まれた。そして、川合が右後部座席のドアを閉めて助手席に、蔡が運転席に、それぞれ直ちに乗り込んで加害車(四速車)をセカンドギアで発進させた。蔡がギアをセカンドからサードに入れたところ、時間にして発車から数秒走つた時に、不安(川合及び蔡が暴力団組員であり、そのまま加害車に乗つて暴力団事務所まで行けば、さらに激しい暴行を受け、場合によつては、殺害されるかもしれないという恐怖)を覚えた亡正信が、後部座席のドアを開いて走行中の加害車から飛び降りた。

右認定にかかる本件事故の経緯・態様に照らせば、たとえ亡正信の飛び降りが、川合及び蔡から受けた暴行脅迫が原因となつて生じた本人の意思によるものであつても、なお加害車の運行と亡正信の死亡との間に相当因果関係があるものということができ、加害車の保有者川合教三郎には自賠法三条に基づく損害賠償責任が発生したものというべきである。

4  請求原因3の事実については、被告が明らかに争わないから自白したものとみなす(結局、川合教三郎は加害車の保有者かつ保険契約者である。)。

5  請求原因4の各事実は、甲第二号証により認めることができる。

6  請求原因5の事実は、甲第一号証により認めることができる。

7  請求原因6の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  被害者請求権の消滅時効の起算点について判断する。

自賠法一六条一項は、「第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した」ことを条件として被害者請求権を認めており、被害者請求権は保有者に対する被害者の損害賠償請求権を基礎とするものであると解されるので、その消滅時効については、自賠法四条により民法七二四条前段が適用され、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知りたる時より」起算すべきこととなるが、まず、ここでの「加害者」の意義が問題である。

被害者請求権は被害者の保有者に対する損害賠償請求権を基礎とするという前述の性格及び被害者請求権の行使は「政令で定めるところにより」なすべきことが要求されており(自賠法一六条一項)、自賠法施行令三条一項によれば、損害賠償額の支払請求書に「加害者の氏名及び住所」(同項三号)の他、「保険契約者の氏名及び住所」(同項五号)をも記載しなければならないことと定められていることに鑑みれば、右にいう「加害者」とは、不法行為の実行者及び加害車の保有者並びに保険契約者をいうものと解される。確かに、被害者請求権は自賠責保険契約の相手方である保険会社(以下「相手方保険会社」という。)に対して行使すべきものではあるが、実際上、被害者がいずれかの自賠責保険会社に対して請求すれば、受理されて相手方保険会社が調査され、判明した相手方保険会社へ回付される取扱いが行われていることが弁論の全趣旨から認められるから、前記の「加害者」の中に相手方保険会社まで含めるべき理由はないものと考えられる。

ところで、自賠法一九条において、同法一六条一項の規定による被害者請求権につき二年の短期消滅時効が定められた趣旨は、被害者請求権が被害者の迅速な救済のために法が特に認めたものであつて、保険金額の限度で保険会社にいわば加害者の肩代わりをさせるものであることに鑑み、速やかに被害者請求権を行使する被害者のみを救済すれば足り、これをしない被害者にまで同請求権の行使を許して保険会社に不利益を甘受させる必要はないと考えられるところにあるものと解される。

そうだとすれば、前述の「加害者を知りたる時」とは、被害者又はその相続人において、不法行為の実行者及び加害車の保有者並びに保険契約者の氏名及び住所を知ろうと思えば容易に知り得る状態となつた時点(それらを確知したことまでは要しない。)であると解するのが相当である。

これを本件についてみれば、亡正信の相続人である原告らが亡正信の死亡という損害並びに不法行為の実行者である川合及び蔡の氏名及び住所を知つたのは、遅くとも昭和六三年一〇月中である(原告らは明らかに争わないから自白したものとみなす。)又、原告らが、加害者の所有者が川合教三郎であることを現に知つたのが平成元年一〇月ころである(証人古川正治の証言及び弁論の全趣旨により認められる。)ことから、遅くとも右の時期までには、原告らにおいて、加害車の保有者及び保険契約者の氏名及び住所を知ろうと思えば容易に知り得る状態となつたものと推認することができ、結局、本件の消滅時効は、遅くとも平成元年一〇月末日から起算されるべきものとなる。

2  被告が、右の日から二年を経過した後である平成四年一二月一一日の本件第四回口頭弁論期日において、右の消滅時効を援用したことは当裁判所に顕著である。

三  再抗弁について

1  時効中断

(一)  原告らは、川合教三郎が運行供用者であることを原告らにおいて知つたのは平成元年一〇月以降であるところ、平成三年九月二四日に被告に自賠責保険金の支払いを催告した旨主張するけれども、右催告後六か月以内に原告らが裁判上の請求をした旨の主張がないから、右催告による時効中断の効力は生じない。

(二)  原告らはまた、平成元年一〇月三〇日、本件の不法行為者である川合及び蔡に対し、損害賠償請求訴訟を提起したとも主張するが、被害者請求権による被告の保険金支払債務と川合及び蔡の損害賠償債務とは、不真正連帯の関係にあつて、請求の絶対効(民法四三四条)を認めることはできない(原告らは、不真正連帯債務関係にあるから請求の絶対効があるというが、独自の見解であり採り得ない。)から、右時効中断の主張は失当である。

2  権利濫用

本件事故が、交通事故として捜査されず、かつ、加害者である運転手らが損害賠償責任を強く争つていた事案であることは、被告が明らかに争わないから自白したものとみなす。

しかし、右事実だけでは、被告の消滅時効の援用が権利の濫用にあたるものと評価することはできない。

四  以上のことから、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 水野有子 村川浩史)

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